歴史秘話ヒストリア ラーメンと日本人 9月5日 見逃し動画配信と再放送

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NHKの「歴史秘話ヒストリア(2018年9月5日放送)は「ラーメンと日本人 震災・革命・復興 知られざるドラマ」

ラーメンを日本で初めて食べたのは「水戸黄門」こと徳川光圀と云われています。

徳川光圀公は、家臣に細い麺と豚肉からとったスープの麺を振る舞っていました。

これが現在の「水戸藩らーめん」に繋がっています。

しかし、諸説あり、室町時代の僧侶の日記「蔭涼軒日録(おんりょうけんにちろく)」には、京都の僧侶が来客に中華麺「経帯麺」を振る舞ったとも記述されており徳川光圀公が日本で一番最初のラーメンを食べたという説が覆されています。

中国の麺料理が日本独自の進化を遂げ、坂口安吾や江戸川乱歩などの文豪にも愛され日本人にとっての国民食とも言えるラーメンが現在の地位を確立した背景には、ロシア革命や辛亥革命、関東大震災からの復興、そして戦後の食糧難などの困難に立ち向った知られざる歴史があったのでした。

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革命とラーメン・北の大地のラーメン秘話

ラーメンの名前が誕生したのは札幌の「竹家食堂」と云われています。

大久昌司(まさじ)さんと妻のタツさんが切り盛りするお店でした。

ご主人の大久昌司(まさじ)さんは、ら18歳で一旗揚げようと宮城県仙台市から札幌に渡りました、

手記によれば数々の職につくもうまく行きませんでした。

そこで、学校の前なら学生が集まって儲かるだろうと現在の北海道大学(北海道帝国大学)の前に竹家食堂を開業しました。

しかし実際には料理が素人だった事もあってか閑古鳥が鳴いていました。

そんな時、極東を彷徨って札幌に辿り着いた日本語が喋れない中国人の料理人の王文彩(ぶんさい)さんを紹介され住み込みで雇いました。

そんな王さんの得意料理は、細切りの豚肉にタケノコをトッピングする麺「肉絲麺(ロースーメン)でした。

実は王さんには壮絶な過去が有り、ニコラエフスクに住んでいた頃、1917年(大正6年)ロシア革命が起こり襲撃にあい、ニコラエフスクでは6000人の人々が虐殺されました。

そんな中、ニコラエフスクから命からがら逃げ出し、極東各地を転々としながら札幌に辿り着きました。

肉絲麺(ロースーメン)が大ヒット

王さんの得意料理の「肉絲麺」が大ヒットし、お店が賑わう様になりました。

その理由は、北海道帝国大学の中国人留学生が郷里の味を求め集まり客の大半を占めていたからでした。

その頃、1911年~1912年清(中国)では辛亥革命が起こっており、祖国に日本の技術を持ち帰ろうとして留学生が集まっていたのでした。

「竹家食堂」は留学生にとって母国の味に出会えるかけがえのない店となりました。

危機からラーメンの名が誕生?

お店が軌道に乗り始めるとガラの悪い日本人客が増えました。

中国人を罵倒する日本人客と留学生の間で一触即発状態が起こりました。

また、日本人にはロースーメンは言いづらいとイチャモンを付けてくる客も少なくありませんでした。

そんな時、王さんが料理が出来た時に厨房から声をかける「好了・ハオラー(出来たよ)」のラーの響きからタツさんが「ラーメン」と名前を思いつき、それから「肉絲麺」は「ラーメン」と名付けられました。

やがて日本人と中国人留学生とのわだかまりも消えていきました。

「竹家食堂」は新聞にお店の広告を出す様になり、「日支友好(日中友好)は、食べ物の理解から」とキャッチコピーを添えて出していました。

こうして、ラーメンが日中間の絆となったのでした。

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震災とラーメン・浅草・来々軒

浅草「中国料理店・来々軒」は「しょうゆラーメン」を開発したました。

中国料理に和のテーストが融合し、大ヒットし、文豪の愛するラーメンとなり、坂口安吾も若い頃はしょうゆラーメンに夢中になった一人です。

他にも「レイテ戦記」の「大岡昇平」も夢中になり、江戸川乱歩に至ってはラーメンの屋台を引いていました。

浅草でラーメンが広まり、中にはラーメン店でも女性とお話が出来るお店もあったとか・・・

しかし、関東大震災が起こり多くの家を失った被災者が生まれました。

そんな中、被災者に向けたガイドブック「裸一貫生活法」が出版されましら。

そこに被災者が簡単に始められる職業として「ラーメンの屋台」が紹介されました。

1日20円~30円(現在の貨幣価値で6~8万円)が誰でも簡単に稼げると紹介されていました。

ラーメンの屋台に人生の全てをかけた人々が挙ってラーメン屋台を始め、やがて日本中に広まりました。

そして地方に散ったラーメンは

青森八戸の魚介ラーメン

新潟燕市の工場労働者に向けた豚の背脂で円やかにしたラーメン

などご当地ラーメンが広がりました。

戦後復興とラーメン

ラーメン屋台に欠かせないチャルメラが20世紀初頭イランで生まれ日本に伝わりました。

小津安二郎の映画「一人息子」でラーメンを静かに美味しそうに食するシーンが登場するなど日本人のソウルフードになっていました。

しかし、ラーメンの危機が訪れます。

1941年(昭和17年)太平洋戦争が起こりました。

やがて物資の不足から小麦粉も入手困難となり、戦争中ラーメンの姿が途絶えました。

そして1945年(昭和20年)太平洋戦争は終結しました。

戦後の荻窪の闇市で始まったのが荻窪ラーメンの発祥となった中華そば「春木屋」でした。
日本海軍から復員した今村五男さんは闇市で小麦粉を見つけラーメンでの開業を思いつきました。

「ラーメンは、鍋釜があれば商売が出来る手っ取り早い商売だと」直感したのでした。

見よう見まねで始めたラーメンはやがて人気店となりました。

闇市では見つかると材料の麺ごと没収されますが、今村五男さんは監視から食材を隠し営業をこっそり行っていました。

そんな闇市からラーメンが広まる決断が日本を占領していたGHQのマッカーサーにより下されました。

歴史的な凶作により飢えた日本人を救う為、日本への小麦輸送が始まり小麦が1千トン輸入されました。

これによりラーメンも誰もが作れる様になり、闇市のラーメンは戦後復興のシンボルとなりました。

ラーメンが復興を支える原動力となり、今村五男さんは「商売としてすごく国民に愛される食べ物を見つけた」と感じたそうす。

やがて日本は高度成長期を迎え・・・

サラリーマンや受験生の胃袋を満たし

浅間山荘事件ではカップラーメンをすする機動隊の姿がニュース映像で茶の間に広がりカップラーメンが大ヒット

そして、2011年東日本大震災時に避難所では200万食以上のラーメンが援助物資として・・・

など国民食として、日本人の胃袋を支え続けているのです。

歴史秘話ヒストリア「波乱万丈!ラーメンと日本人」(2018年9月5日放送)を見逃した方へ

歴史秘話ヒストリアの見逃しの場合

再放送で観るよりも動画配信がオススメです。

歴史秘話ヒストリアは再放送が有りますが、不定期で特に事故や事件、イベントなどがあると先送りされてしまいます。

実際、再放送を見ようと録画をセットしていたら全然違う特番が録画されていた事は日常茶飯事です(笑)

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[歴史秘話ヒストリア]の他、

プロフェッショナル・仕事の流儀

クローズアップ現代+

人気番組だった「その時歴史が動いた

歴史ドキュメンタリー「映像の世紀

なども配信されています。


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※本ページの情報は、2018年1月時点でのものです。
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まとめ


まさかラーメンの歴史が取り上げられるとは思っていませんでした。

本日は最後までご覧いただきありがとうございました。

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